光久寺茶庭 (こうきゅうじさてい)
氷見市の南、飯久保地区にある光久寺は浄土真宗の古刹。かつては仏生寺吉池にあって、真言宗の玄巣院もしくは長谷寺と称していた。その後、康永二年(一三四三年)に現在地に堂宇を移し、宗派を浄土真宗に、寺号も光久寺に改めた。本尊は阿弥陀如来像で、行基作と伝えられる聖徳太子像もあり、地元民の信仰も厚い。県の名勝に指定されている光久寺の茶庭は、江戸時代初期宝永年間に加賀藩庭師、能登の駒造の手によって造られたものと伝えられている。後ろ山の深い森を背景に庭園が広がり、御堂の茶室と書院を結ぶ回廊が、奥庭と中庭を仕切っている。真正面には阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩に見立てた苔むした三尊石があり、そこから流れ出る滝の水がせせらぎとなって回廊の下を流れ、中庭の池へと注いでいる。池のそばにあるドウダンツツジは枝振りも良く見ごと。スイリュウスギや多宝塔、飛び石の配置も趣がある。江戸時代の代表的な作庭様式で造られている。池には中島が浮かび、後ろ山の傾斜に沿って樹木や石が巧みに配置され、俯して池を眺めるもよし、仰いで山を見るもよしということから、「俯仰園」とも呼ばれている。四季それぞれに美しい茶庭であるが、ツツジの頃が一段と美しい。(北陸電力HPより)
畳表:不変色表 / 畳縁:コンフォート